午後9時.我々取材班は,長町書店の入り口の前に立っていた.
長町駅近くの線路脇に,長町書店はある.ちょっと奥まった所なので,普段は誰も気付かない.
入り口は曇りガラスのガラス戸.「ひやかしのご入店はお断りします」という張り紙がしてある.
「おもちゃ」という行燈式の看板に,妙な艶かしさを感じるのは筆者だけであろうか.
ガラス戸がギギッと音をたてて開く. 薄暗く,異様な雰囲気が我々を包み込む…はずであるが,以外と,中は蛍光灯の光に寒々しく照らされている.
小さなテレビからは,場違いの歌謡曲が流れている.店番のおやじさんがジロッと我々を睨む. しかしすぐ表情をくずし,こう言った.「いらっしゃい」. 
彼はいったいどういう人間なのだろう.昼間は何をして暮らしているのだろうか. もしかして,「や」のつく職業をしているのだろうか.ここで合い言葉を言ったら,ヤクが出てくるのではないか.
それとも,彼はただの人で,昼間は小さな町工場で鉄骨の切断なんかをやっていて,休日には5つ年下の女房と,今年幼稚園に入った孫と一緒に八木山ベニーランドにでも行っているのだろうか.…と,そんなことを考えていても仕方がないから,じっくり店内を観察することにする.

 入って右手には一面に本が並んでいる.しかも,どれも一般 書店では扱っていないものだ.ほぼ全てが2500円〜3000円だ.
この薄い製本と無名の女優名はもしや…と思って中身をチェックにはいる.やられた! まわりをビニールが包んでいる.これぞ懐かしき「ビニ本」! これでは中身がチェックできないばかりか,こちらの妄想が極限まで増幅され,それはいつか「この中には何かまだ見たことのないすばらしいものが入っているに違いない」という確信へと収束していくのだ.
 次に真っ正面を見てみる.壁には悩ましげではあるが,白く退色したポスターが貼ってある.ポスターの中の美女の眼差しにとまどいながらも,我々はショーケースを凝視する.
そこには,我々が今まで,コンビニで買ったエロ雑誌の広告のページでしか見たことのなかったもの,そう,「バ○ブレーター」と書いてあったか…が,堂々とその巨体を横たえていた.15本,いや,20本はあるだろうか.
しかもそれぞれが違った外観を持っている.クマの親子連れを模したもの,アイヌのような服装をした人物を模したもの…,もはやこれらは芸術品である.さらによく見ると,これらにはそれぞれ名前がついているではないか! 名前! それはこの世に一つしかない,親が子に与えた最初のプレゼントである.親が,子に対する最大の愛情を込めてつけるものである.これらの芸術品を作った人たちは,これらに何を期待して,何を夢見て,これらのすばらしい名前をつけたのだろうか.我々はしばらく感動のあまり声も出せず,ただ立ち尽くすしかなかった.
 しかしよく考えてみると,●イブを我々男が買ったとしても,いったい何に使うというのか.かなり倒錯的な愛の世界でしか,男がこれを使うことはないのではないか.そう気付いた我々はちょっと恥ずかしくなり,おやじさんの視線を背中で気にしながら,また壁のポスターに何気なく目を移すのである.

 今度は左側である.
こちらのショーケースには,これがこの世のものか?と疑いたくなるような「天人の羽衣」があった.様々な色のレースで飾り付けられた羽衣たちは,我々に,「買って,あなたの彼女にプレゼントしなさい」とささやく.彼女などいない(涙)我々は,そのメッセージを無視しつつも,やはり心を奪われるのである.
 そんな時,我々はすばらしいものを見つけた! 一辺が30cmくらいの箱には,金髪の美女の写 真しか印刷されていない.そこで我々は考える.そして思い当たるものを…思いついた! 初めて見る,「それ」に我々は戦慄する.そして不思議な感情にとらわれる.これを買うような人間を軽蔑しながらも,心のどこかで…というものだ.
 壁には棚が作りつけてあり,そこには,ビデオやカセットテープが並んでいる.ビデオは,近所のレンタルビデオでも手に入る物ばかりだったが,注目に値するのはカセットテープである.「声」を生録したものらしいが,なんとレーベルが手書きなのだ!これらはいったい誰が書いたものなのだろう,もしかしたらその声の主が書いているのだろうか,もしそうだとしたら,彼女はどのような心情でこれを書いたのだろう….妄想は限りなく広がる.

 最後に,真ん中にあるショーケースをのぞく.そこにも,我々の目を釘付けにする物ばかりだ.様々なローション,怪しげな粉末,そして極めつけは「マイラップ」.これがどのようなものか知りたい人は(知っている人がいたらそいつは○ー○イだ),ぜひこの,長町書店に行ってみることをお勧めする.我々がルポしきれなかった様々なモノが発見できること請け合いである.
 一通り店内を観察した後で,我々はふと,あることに気付く.入り口の張り紙を.「ひやかしのご入店はお断りします」.そうか,我々はここで何かを買って出なくてはならないのだ.ここで我々は途方に暮れる.最終的に決めたのは,やはり一番中身が気になる「本」.膨大な数の本の中から,「過激美女」をチョイス.恐る恐るおやじさんの所に持っていく.3000円を支払い,厚い紙袋にブツを入れてもらう.
 またギギッと音のするガラス戸を開け,我々は表に飛び出した.夜の空気がうまい.
また一つオトナになった自分に満足しながら,我々は帰路につくのであった….(完)



戻れ